2 Peter – The Power of Testimony
ぺテロの手紙Ⅱー証しの力

23 September, 2018

What is the most amazing thing that God has ever done in your life?
神様があなたにしてくださったことでいちばん素晴らしいことは何ですか?

I want you to identify that (amazing thing) in your mind and hold onto it for now. We’re going to come back to it later.
みなさん、今、心の中に浮かぶ素晴らしい出来事のことを考えてください。今考えておいてください。後でそのことについて触れます。

Today we are continuing our walk through the Bible and we come to 2 Peter. Not surprisingly, this comes immediately after 1 Peter!
今日も私たちは聖書の書を続けて読んでいきましょう。私たちはペテロの第二の手紙に到達しました。驚くようなことではありませんが、これはペテロ第一の手紙の次に来る手紙です。

Let’s run through some facts of the letter:
手紙に書かれているいくつかの事を見てみましょう:

Author: Written by the apostle Peter (some question this, but we can accept this as being written by Peter.)
著者:ペテロ
著者はペテロです。使徒ペテロにによって書かれています。それについては幾つかの疑問は残りますがペテロによって書かれたものと考えることができます。

Date: 65~68AD, just before the end of Peter’s life. (In some ways, this letter is like the last will and testament of Peter. His final ‘feeding of the sheep’.)
書かれた年:西暦65-68年
この書が書かれたのは紀元後65から68年です。ペテロが命を終える直前の書かれました。 ある意味、この手紙はペテロの証言であり遺言のようなものであると言えるでしょう。ペテロが最後に「羊を養った」ことが書かれています。

Sharing: There are clear similarities between some passages in 2 Peter and Jude, so some borrowing was involved one way or the other. No problem with this. It was common in early church writing, but it’s an interesting point in the letter.
共有:ペテロの手紙Ⅱとユダの手紙 似ているところ
ペテロの第二の手紙とユダの手紙に書かれている聖句には、はっきりした類似点や似ているところがあり、互いに引用し合っていることがわかります。出典を明らかにせず文章を引用するという行為は当時は問題にはならず、初期の教会文学では一般的に行われていましたが、手紙は文学ではないのに引用し合うというのは興味深い点だと思います。

Themes:
Overall theme: Love triumphs over troubles and pain
Sub themes: Christian growth (Ch 1), dealing with false teachers (Ch 2), Jesus’ return (Ch 3)
このペテロの第二の手紙の全体のテーマは愛は困難や苦悩に打ち勝つということです。
1章の「クリスチャンの成長」と2章の「にせの教えにどう対処するか」、3章の「イエスの再臨」が副テーマとなります。
(全体のテーマ:愛は困難や苦悩に打ち勝つ
副テーマ:クリスチャンの成長(1章)、にせ教師の対処(2章)、イエスの再臨(3章))

These are all rich themes for us to explore but this morning I would like to focus on one particular aspect of Christian growth, and we read about it in:
これらは私たちが探求すべき深いテーマですが、今朝、私はクリスチャンとして成長するということに焦点を当てていきたいと思います。そのことがペテロの第一の手紙の1章16-18節に書かれています。

For we did not follow cleverly devised stories when we told you about the coming of our Lord Jesus Christ in power, but we were eyewitnesses of his majesty. He received honor and glory from God the Father when the voice came to him from the Majestic Glory, saying, “This is my Son, whom I love; with him I am well pleased.” We ourselves heard this voice that came from heaven when we were with him on the sacred mountain.
2 Peter 1:16-18

主イエス・キリストの力と再臨(キリストが再び地上に来られること)について話してきましたが、それは、私たちがうまく考え出した作り話ではありません。私はこの目で、キリストの輝きと栄光をはっきり見たのです。 17-18 キリストが聖なる山の上で、父なる神から誉れと栄光とを受けて輝かれた時、私はその場に居合わせました。その時、「これこそわたしの愛する子、わたしの大いなる喜び」と、栄光にあふれる厳かな声が天から響くのを、私ははっきり聞いたのです。
ペテロの手紙Ⅱ 1:16-18

Here, Peter is referring to his witnessing the transfiguration of Christ. This event is so extraordinary, it’s worth reviewing.
ここでは、ペテロは主イエスの変容、キリストの姿が変わったのを目の当たりにしたことを述べています。この出来事は非常に特別な事であり、私たちはもう一度理解をしておく必要があります。その主イエスの変容のことがマタイの福音書に書かれています。
(キリストの姿が変わった出来事)

After six days Jesus took with him Peter, James and John the brother of James, and led them up a high mountain by themselves. There he was transfigured before them. His face shone like the sun, and his clothes became as white as the light. Just then there appeared before them Moses and Elijah, talking with Jesus. Peter said to Jesus, “Lord, it is good for us to be here. If you wish, I will put up three shelters—one for you, one for Moses and one for Elijah.” While he was still speaking, a bright cloud covered them, and a voice from the cloud said, “This is my Son, whom I love; with him I am well pleased. Listen to him!”
When the disciples heard this, they fell facedown to the ground, terrified. But Jesus came and touched them. “Get up,” he said. “Don’t be afraid.” When they looked up, they saw no one except Jesus.
Matthew 17:1-8

六日後、イエスは、ペテロとヤコブと、彼の兄弟ヨハネを連れて、人里離れた高い山の頂上に登られました。すると、三人の目の前で、たちまちイエスの姿が変わりました。顔は太陽のように輝き、着物はまばゆいほど白くなりました。そこへ突然、モーセとエリヤが現れて、イエスと親しく話し始めたではありませんか。 これを見て、ペテロは思わず口走りました。「ああ、先生。なんとありがたいことでしょう。こんなすばらしいところに居合わせるなんて! もし、よろしければ、幕屋(神がイスラエルの民と会う聖所)を三つお建てしましょう。あなたと、モーセとエリヤのために。」ところが、そう言っているうちにも、光り輝く雲が現れて、三人をすっぽり包んでしまいました。そして雲の中から、「これこそ、わたしの愛する子。わたしはこれを心から喜んでいる。彼の言うことを聞きなさい」という声がしました。この声を聞いた弟子たちは、恐ろしさのあまりわなわなと震え、ひれ伏しました。 7 イエスは近寄り、彼らにさわって言われました。「さあ、起きなさい。こわがることはありません。」それで、彼らがようやく顔を上げると、そこにはもう、イエスのほかにはだれもいませんでした。
マタイの福音書 17:1-8

How many times in his life do you think Peter told this story? It’s such an amazing testimony, as he emphasises here in his letter 2 Peter: “we told you” (what happened), “we were eyewitnesses”, “we ourselves heard this voice”. It’s a powerful testimony, and I’m sure Peter loved to tell it wherever her went. I’m also sure that it was a very influential testimony and I expect many came to Christ simply through Peter’s sharing of it.
みなさん、ペテロがこの話を他の人たちに何回話したと思いますか?ペテロの第二の手紙の中で彼はこう言っています。「私はあなたに何が起こったか言いました。」「私は、はっきり見たのです」、「私は、はっきり聞いたのです」など、彼は手紙の中で証言をしています。それは強力な証言でありペテロはどこに行ってもその事を伝えるのが大好きでした。私はそれが人々に対して非常に強力な証言になったと思います。当時ペテロがその出来事を分かち合うだけで、多くの人がキリストを信じたことでしょう。
(“話してきました” “はっきり見たのです” “はっきり聞いたのです”)

Testimony is an important part of the Christian Faith and it is an important part of our personal faith. Consider these three verses from the Bible which talk about testimony:
証しをすることはクリスチャンの信仰には大切なことで、自分の信仰にも大切なことです。
聖書の中で証言について書かれている箇所が三つあります。それらの三つの節を読んでみましょう。
(証しをすることはクリスチャンの信仰には大切なことで、個人の信仰にも大切なことです。)
証について書かれている一つ目の聖句です。

And you shall put into the ark the Testimony which I will give you.
Exodus 25:16

わたしが与える十のおきて(十戒)を記した石板を、その箱に納めなさい。
出エジプト記 25:16

The ten commandments, the essence of the law of God which brought a knowledge of righteousness, are described as the “testimony of God”. It’s hard to overstate the impact of this testimony in our world. For over 3000 years, our civil laws have been based on this testimony of God. The testimony of God is a big deal.
義の知識をもたらした神の律法である十戒は「神の証・証言」と呼ばれています。この「神の証言」が私たちの世界に及ぼした影響をはっきりさせるのは難しいですが、 3000年以上にわたり、私たちの民法は神のこの証言に基づいていることは確かでしょう。「神の証言」は大切なことです。
(神が証しされることは重大なことです。)

証について書かれている2番目の聖句を読みます。

Many of the Samaritans from that town believed in him because of the woman’s testimony.

John 4:39

スカルの村から押しかけたサマリヤ人の多くは、例の女が、「あの方は、私のしてきたことを何もかも言い当てた」と言うのを聞いて、イエスをメシヤと信じました。
ヨハネの福音書 4:39

One lowly, disreputable woman was able to turn a whole town to belief through her testimony of meeting Jesus. Our testimonies of meeting Jesus are a big deal.
非常に評判の悪い一人の女性がイエスと出会ったことを証言して、町中の人々を信じさせることができました。私たちのイエスとの出会いの証しは重大なことです。
証について書かれている最後の聖句です。

They triumphed over him by the blood of the Lamb and by the word of their testimony; they did not love their lives so much as to shrink from death.
Revelation 12:11

兄弟たちは、小羊の血と自らの証言によって打ち勝った。いのちを惜しまず、小羊のために投げ出したのである。
ヨハネの黙示録 12:11

The end times will reveal the power of our testimonies now. Amazingly, it is by the power of Jesus’ blood and our testimonies of Him, that bring victory in our lives and in this world.
終わりの日に、私たちクリスチャンの証言の力は明らかにされることでしょう。素晴らしいことに、イエスの血と私たちの神の証言の力が、この世の私たちの人生に勝利をもたらすことになります。

So Peter places a great value on the sharing of his testimony and on us walking with Christ so that we can share our own testimony of Him. Peter encourages us in this:
ですから、ペテロは私たちがキリストと共に歩むことに大きな価値を見出し、その証言を分かち合いました。ペテロは私たちに、自分の証言を他の人々と大いに分かち合いなさいと言っています。

His divine power has given us everything we need for a godly life through our knowledge of him who called us by his own glory and goodness. Through these he has given us his very great and precious promises, so that through them you may participate in the divine nature,having escaped the corruption in the world caused by evil desires.
2 Peter 1:3,4

キリストを知れば知るほど、その偉大な力を通して、私たちが神に従う正しい生活を送るために必要なすべてのものをいただくことができるのです。そればかりかキリストは、ご自分の栄光と共に敬虔や品性をも、私たちに与えてくださるのです。さらに神は、それによって、すばらしい約束を与えてくださいます。この約束のゆえに、私たちは欲望のもたらす滅びから守られ、キリストのご性質を備えた者となれるのです。
ペテロの手紙Ⅱ 1:3,4

So again, our testimony – the testimony that each of us has in Christ – is very great, and it can be powerful, whether it’s through some glorious manifestation of the Holy Spirit, or ‘simply’ through “escaping the corruption of the world” (as Peter says). Our lives can be a powerful testimony.
また、私たちの証し 、私たち一人ひとりがキリストに対する信仰を証言することは非常に素晴らしいと思います。聖霊の栄光を表現した証言であろうが、単に「この世の腐敗から抜け出す」という証言であろうと。私たちクリスチャンの人生は力強い証言となります。
私たちの証し、私たち一人ひとりのキリストにある証しはとても大きなことです。

I’m going to assume that no-one here has witnessed a transfiguration. As such, I suspect that many Christians might feel that they don’t have much of a testimony to offer. Nothing terribly miraculous has happened. But you don’t need a miracle to give a testimony. You simply need a changed life. You simply need the Holy Spirit working in your life.
ここにいる皆さんの誰もおそらくイエスの変容のような大それた経験をしたことがないと思います。多くのクリスチャンは自分たちが伝えられること証言できることはあまりない、大したことは伝えられないと感じているかもしれません。そのような大きな奇跡は起こっていません。しかし証言をするのに奇跡は必要ありません。あなたの人生がどのように変わったかということが必要です。聖霊があなたの人生に働いていることが必要なのです。
(証しをするのに奇跡は必要ありません。
ただ聖霊があなたのうちにはたらいていることだけが必要なのです。)

I’d like to share with you a testimony this morning. It’s not my testimony. It came to me in a mail this week from Clare, who lives in Fukui now but attends our church when she can with her husband Quang. She writes:
私は今朝皆さんにある証言聞いてもらいたいと思います。私の証言ではありません。今週、福井に住んでいるクレアさんから手紙がきました。クレアさんは来れる時はいつも夫のクアンさんと一緒に福井県から私たちのこの教会に来てくれています。彼女は次のように書いてくれています。

Thank you very much for praying for our dad Leonardo and for including our prayer request in the church emails. Not only did it give us hope but also comfort. The sickness has brought us especially me (Clare) too much pain.
私たちの父レオナードのために祈ってくれてありがとうございます。教会のEメールに私たちのための祈りを書いてくれてありがとうございます。それは私たちに希望を与えるだけでなく、慰めにもなっています。父の病気は私達にあまりにも多くの痛みをもたらしました。

We wrote to you because when you were praying over us two weeks ago, I (Clare) started mumbling words I didn’t understand, my lips formed into shapes by themselves. I thought I was just in pain so I was thinking maybe i just wanted to cry and in that case my lips would really start shaking so I dismissed the idea.
2週間前にアンドリュー牧師が私たちのために祈ってくれていた時、私は自分が理解できない言葉を話し始めていることに気がつきました。その時、私の唇は勝手に動き出しましたが、私はちょうど悲しんでいる時だったので、泣きたいから唇が勝手に動いているのかなと思っていました。しかし、私の唇が本当に震え始めて、これは泣きたい感情とは違うものだなということがわかりました。

Last Sunday, when you were praying for the church, my mouth continuously (by itself) uttered words I didn’t know and I knew it was the Holy Spirit so I yielded. The words flowed and I think I just prayed full sentences. In my mind I was thinking ‘Oh God loves me!’ ( I was asking the Lord if He loves me before that Sunday) but what I actually told the Lord, I do not know. Nonetheless, I was so happy. He brought back the joy and song in my heart.
そして、先週の日曜日アンドリュー牧師が教会のために祈っていたとき、私の口は絶えず勝手に私が知らない言葉を発し、それが聖霊の仕業であることがわかりました。言葉が勝手に口から溢れ出し、私は文章を言い終わって祈り終えたと思います。私は心の中で「ああ、神は私を愛してくれている!」と思いました。私はちょうどその前の日に私のことを愛しているかどうか主に尋ねていたので、そうだと思ったのです。私が実際にその言葉を使って主に何を言ったのかはわかりません。でも、そんなことは関係なく、私はとても幸せでした。神は私の心の中に喜びと歌を取り戻してくれました。

When we got home, I worshipped, raising my hand, and the language came back. It was longer and effortless. I was crying (overjoyed). Later, I prayed in tongues again. It was unbelievable, my mouth really spoke a language by itself and the words flowed like river!
家に帰ると、私は礼拝し手をかざしました。するとあの言葉がまた戻ってきました。その時は長い時間、楽に話すことができました。私は喜びに溢れ泣きました。後に私はまた舌、tonguesという神の言語で祈ろうとしました。すると信じられないことに私の口は本当に言葉を話し、言葉は川のように流れ出しました。

With her father so sick, Clare is in a lot of emotional pain. Yet over and above that, Jesus has brought her so much happiness and joy. The Holy Spirit has brought healing and a new song to her heart. This is the testimony of the goodness of God. It’s not just for other people or other churches. It’s not just for apostles or pastors. The manifestations of the Holy Spirit and the joy which accompany them are available to all believers, here and now, as Clare testifies in her mail.
クレアのお父さんはとても病気で、彼女は今感情的な痛みをたくさん抱えています。それでも、イエスは彼女に大きな幸せと喜びをもたらしてくれました。聖霊は癒しと新しい歌を彼女の心にもたらしてくれました。これは神がどれだけ善良の神かという証です。他の人や他の教会のためだけではありません。使徒や牧師のためだけではありません。クレアが彼女の手紙の中で証言するように、聖霊の現われとそれに伴う喜びは、神を信じる者なら誰もが今ここで得ることができるのです。

In recent weeks I have been speaking about experiencing the joy of the Lord even while we live in a world that brings is so much grief. I know how hard life is for some of you at the moment and at times I wondered if such teaching on joy was like a tease to those who are struggling with hardship. But Clare has reminded me that Jesus can bring joy – the inexpressible joy of the Lord – to any heart in any situation. And it’s a powerful testimony to others.
ここ数週間、私は、たとえ悲しみをもたらすようなこのような世界に住んでいても、主の喜びを経験するということについて話してきました。今、現時点であなたの人生がどれほど難しく辛いものかを知っていますし、そのような「喜び」という教えが今実際に苦難に苦しんでいる人たちの悩みにどれほどの助けになるのかと疑問に思いました。しかしクレアは私に、イエスは、どんな状況においても心のうちに、喜び、すなわち言い表せない主の喜びをもたらすことができることを思い出させてくれました。そして、それは他の人たちへの力強い証言となります。
(イエスは喜びをもらたすことができます。ことばに表すことのできない主の喜びをどんな心にも、どんな状況にももたらすことができます。)

Rick Warren wrote similarly in one of his Daily Hope messages this week:
How does God produce those qualities in your life? How does God grow character and help you grow up spiritually? God teaches you these qualities by putting you in the exact opposite situation. He teaches you love by putting you around unlovely people. He teaches you joy in the middle of grief. God teaches you peace in the middle of chaos. He teaches you patience in the Department of Motor Vehicles!
リックウォーレンは今週の彼のデイリーホープというメッセージの中で、同様に次のように書いています。
神はあなたの人生においてどのようにこれらの性質を作り出してくれますか?神はあなたの性格がどのように成長し、霊的に成長するのを助けますか?神はあなたをまったく逆の状況に置くことによって、あなたにこれらの性質を教えます。神はあなたの周りに人を愛さない人を置くことによって愛することを教えています。神は悲しみの中であなたに喜びを教えます。神はあなたに混沌の中で平安を教えます。神は自動車部門であなたに忍耐を教えてくれます。

Jesus can bring joy – the inexpressible joy of the Lord – to any heart in any situation.
イエスは喜びをもらたすことができます。ことばに表すことのできない主の喜びをどんな心にも、どんな状況にももたらすことができます。

I asked at the beginning, ‘What’s the most amazing thing that God has ever done in your life?’ Maybe it’s providing a spiritual gift. Maybe it’s helping you to escape the corruptness of the world. Maybe it’s helping you lead a friend to Christ. Maybe it’s simply placing joy in your heart when all reason says it shouldn’t be there. Whatever it is, that’s your testimony.
私は冒頭で「あなたの人生で神が今までに起こしてくれた中で最も素晴らしい出来事は何ですか?」と尋ねました。たぶんそれは霊的な贈り物をくれたことでしょう。多分、この世の腐敗から逃れるためにあなたを助けてくれたことでしょう。たぶんそれは、あなたが友人をキリストに導く助けをしてくれたことでしょう。もしくは、幸せを感じるべきではないような悲しみの時に、あなたの心に喜びを与えてくれたことかもしれません。それが何であれ、それがあなたの証、証言となります。

I’m going to close in prayer now, and then I’m going to ask you to turn to the person next to you and tell them the most amazing thing that God has done in your life. If you’re not a Christian, or you haven’t yet experienced Jesus in your life, no problem, just share a little of your life. But if Jesus has touched your life, share that with the person next to you.
今から祈りをして終わりたいと思います。そして、あなたの隣を見て、隣にいる人に、神があなたの人生に起こしてくださった最も素晴らしいことを伝えてください。もし、なたがクリスチャンでないなら、あるいはまだあなたが人生でイエスを経験していないならば、少しだけあなたの人生にどんなことが起こったかを話し合ってください。しかし、イエスがあなたの人生に何かを起こしてくださったなら、その事をあなたの隣の人と分かち合ってください。

If you would like to experience more of God in your life, if you want to see the presence and manifestations of the Holy Spirit in your life, if you simply want to grow more as a Christian and want to share your testimony, come and pray with me after the service.
あなたの人生の中でもっと神を経験したいなら、人生で聖霊を感じたいのならば、もっとクリスチャンとして成長し、あなたの証言を分かち合いたいのならば、礼拝の後に前に来て私と一緒に祈ってください。

Pray.