Christmas
クリスマス

December 15th, 2019

Minoh International Church
Andrew Miller

How do you feel?
How do you feel now that it’s Christmas? What is your primary emotion or feeling?
Happiness? Stress? Gluttonous? Busyness? Bankrupt? Peace?
However you’re feeling now, I hope you come to enjoy Christmas, but I’ll get to that later.
みなさん、クリスマスが来ますが、どんな気分でしょうか?
クリスマスのことをどう思いますか?あなたはクリスマスに対してどんな感情や気持ちをい抱いていますか?
幸せですか?ストレスを感じていますか?食べ物をいっぱい食べられると思っていますか?忙しく感じますか?お金をたくさん使いすぎたと感じていますか?それとも、平和を感じますか?
このように、今あなたが感じていることは別として、みなさんがクリスマスを楽しむために今日ここに来てくれたことを私は願っています。そのことについては、後でお話しすることにしましょう。

Earlier this evening we heard an Old Testament reading from the prophet Isaiah. I love Old Testament readings, especially from the prophet Isaiah. I love them because they’re so prophetic and because they’re so poetic. And the reading that we heard, written 600 years before Jesus was born, is a beautifully poetic and amazingly prophetic word about Christmas!
今夜、先ほど、私たちは旧約聖書からの預言者イザヤについての朗読を聞きました。私は旧約聖書を読むことが好きです。特に旧約聖書に書かれている預言者イザヤの話が大好きです。イザヤについて書かれている話には、預言についてたくさん書かれており、とても詩的な表現をされているので大好きです。そして、私たちが先ほど聞いた聖句は、イエスが生まれる600年も前に書かれており、詩のように美しく、まるで預言のような言葉でクリスマスのことを、すなわち神の御子が生まれたことを表現してくれているのです!

It starts with this:
イエスの誕生の話は、イザヤ書の中でこんな風に始まっています。

The desert and the parched land will be glad; the wilderness will rejoice and blossom.

Isaiah 35:1

その日には、荒野や砂漠さえ喜びます。荒野には花が咲き乱れます。

イザヤ書 35:1

What has that got to do with Christmas? Can you imagine asking kids for their favourite image of Christmas, and one gives you this [angel], and another gives you this [presents], and another gives you this [carollers], and then one gives you this image [desert wilderness]! You’d think, “What’s wrong with this kid?!”
But this is the image Isaiah first gives us for the Christmas miracle. Why?! What has desert wilderness got to do with Christmas? The answer is “because there’s nothing there”. There are no comforts, no pleasures, no life. Everything is parched and dry.
こんな聖句はクリスマスと何の関係があると思いますか?子どもたちに、「クリスマスのイメージとはどんな絵ですか」と聞いてみたらどうでしょうか?一人の子供はあなたにこの「天使の絵」を渡してくれるかもしれません。別の子供はこのような「プレゼント」の絵だというかもしれませんし、また別の子はこの「聖歌隊」の絵だというかもしれません。でも、もし一人の子が、「砂漠の荒野」の絵がクリスマスのイメージだと言ったら、あなたはどう思いますか?「この子、一体何考えているの?」と、あなたは思いませんか?
でも、実はこの「砂漠の荒野」こそが、イザヤが私たちに真っ先に伝えている、「クリスマスの奇跡」のイメージなのです。なぜでしょう?砂漠の荒野は、一体、クリスマスと何の関係があるでしょうか?その理由をお話ししましょう。
なぜかと言うと、「砂漠の荒野」には何もないからです。快適でもないし、喜びもないし、そんな荒野では生きていけません。すべてのものは、干上がって乾燥しています。

This is a poetic description of what our lives can be like sometimes. Parched and dry. Sometimes there are ‘wilderness times’ in our lives. Times when we are lonely. Times when we have to make important decisions but we just feel lost. Times when we or family members are sick. Times when we struggle financially, struggle with a relationship, struggle with sin in our lives. Or we maybe even struggle to see any sort of purpose in our lives. Times when we cry out, “God, where are you?” Those are the wilderness times. Has anyone here experienced anything like that? (Good, you’re human)
イザヤ書では、私たちの人生が時に、どのようなものであるかを「砂漠の荒野」として詩的に表現しているのです。時に私たちの人生は、カラカラに干上がって乾燥しているようだと言っているのです。私たちの人生には「荒野にいるような時」が訪れる時があると言っています。それは「孤独な時」を意味します。「荒野にいるような時」とは、例えば次のような時です。重要な決断を下さなければならないのに、いつまでも迷っていると感じる時。自分や自分の家族が病気になった時。経済的に苦しい時、人間関係に苦しんでいる時、自分の犯した罪に苦しむ時。または、人生の目的を見い出だすことに苦労することさえあります。 「神様、あなたは一体どこにおられるのですか?」と叫びたい気分になる時が、「砂漠の荒野」の時だと言えるでしょう。ここにいる皆さんは、そのような気持ちになったり、そのような時を過ごしたことはありませんか? もちろん、人間であれば誰でも、このような「荒野の時」を経験したことはあると思います。

If you’ve experienced times of wilderness in your life, you’re in very good company. The Israelites experienced a long time in the wilderness. Moses spent many years in the wilderness. King David was driven into the wilderness after he was made king. John the Baptist ministered in the wilderness. Even Jesus spent time in the wilderness after He was baptised. The thing that is important here is that their wilderness experiences were vital to their success. It was because of their time in the wilderness – because of what they learned in the wilderness – that they experienced God. 
あなたが人生で「荒野の時」を経験したことがあるなら、これからお話しすることに共感できるはずです。
イスラエル人は長い間、荒野にいなければいけませんでした。モーセも荒野で何年も過ごしました。ダビデ王は王になった後、荒野に追いやられました。バプテスマのヨハネは荒野で奉仕しました。イエスでさえバプテスマを受けた後、荒野で過ごしました。ここで重要なのは、彼らの荒野での経験が、彼らの成功にとって必要不可欠だったことです。彼らが神を体験できたのは、彼らは荒野で過ごした時間があったので、その時間を使って学ぶことができ、神を体験することができ、成功することが出来たのでした。

If you have a wilderness experience but you don’t learn anything from it, you’re never getting out. You’ll just stay lonely, lost, bitter, estranged and feeling hopeless. These things will come to define you. 
荒野にはいても、そこから何も学ばなければ、あなたは決して荒野の外に出られません。あなたはただ孤独にさまよい、苦々しい思いでいっぱいになり、孤立してしまい、絶望を感じるようになります。あなたはついには、そんな人間になってしまうのです。

But that is not God’s purpose for you. God allows wilderness experiences because they produce something wonderful. Isaiah says in his poetic language that wilderness experiences are intended to lead us to “rejoice and blossom”, to “rejoice greatly and shout for joy”.
しかし、神の目的は、あなたがそんな風に悲惨になってしまうことではありません。神は、いつもすばらしい何かを生み出すことができるので、そのような「荒野の経験」があなたの人生に起こることを容認するのです。イザヤは詩的な言葉で、荒野での経験は「喜び花開く」という表現よりむしろ「大いに喜び叫ぶ」というように、さらに大きな喜びに導いてくれると言っています。

  1. Christmas is about being rescued from our wilderness and experiencing true joy.
    クリスマスとは、私たちが荒野から救われ、真の喜びを経験することです。

Isaiah says more. He says, 
イザヤはさらに、次のように言いました。

Then will the eyes of the blind be opened and the ears of the deaf unstopped.

Isaiah 35:5

神が来れば、盲人の目は見えるようになり、耳の聞こえない者の耳は聞こえるようになります。

イザヤ書 35:5

One of the reasons God takes us out into the ‘wilderness’ (using the wilderness as an analogy for dry/hard times) is because nothing is there. In a real desert wilderness there is no TV, no mobile phones, no shops, no money, no gyms, no gardens, no animals, no people. There is nothing to distract us, our eyes or our ears from the things that are really important. 
「荒野」を辛い苦難の時の例えだとすると、神が私たちを「荒野」に連れて行く理由の1つは、そこに何もないからです。実際の荒野では、テレビ、携帯電話、お店、お金、ジム、庭、動物、ましてや人もいません。本当に重要なことから私たちの耳や目をそらせるもの、私たちの注意をそらせるものは何もありません。

Any parent will tell you that to get the full attention of your child sometimes you have to take the game away. Then the child will look and listen to what you have to say. (It might be the same with husbands too.) Sometimes to get our attention, God has to take away all the comforts and pleasures that we hold onto. And these might not only be physical comforts and pleasures but ideological ones, too. 
どの親も、遊んでいるゲーム機を実際に子供の手から奪わなければ、子供の注意を完全に引くことは無理だというでしょう。ゲームを取り上げれば、子供はあなたが言っていることを聞いてくれます。 あなたの夫についても同じことが言えるかもしれません。時には注意を引くために、神は、私たちの快適な環境を奪い、喜びを奪うのです。神は、あなたから肉体的な安らぎと楽しみだけを奪うだけではなく、あなたの考えも奪ってしまうのです。

Sometimes we hold so tightly to the idea that God doesn’t love us and that’s why life is so hard, or that God can’t love us because we are so unlovable, or that are our hardships are a punishment for something we did. 
時に私たちは、「なぜ生きることはこんなに難しいのだろう。きっと神は私たちを愛していないのだ。」と間違った考えをしてしまいます。または、私たちが愛されるに値するような存在ではないので、神は私たちを愛することができないのだと思ってしまいます。そして私たちが苦労するのは、私たちがした悪いことに対する罰なのだと言うような考えさえも持ってしまいます。

Maybe our ideology is of another kind. Maybe we simply have it in our hearts that our way of living is best, that independence means we don’t have to be accountable to anyone else, that tolerance is the highest virtue, that my money is all mine, or that no-one can tell me who I can and can’t date, that morality and ethics are entirely relative and personal matters, or that God simply doesn’t exist. We cling to all sorts of belief systems.
また、先ほどの「罪が故に神は愛してくれない」と言う考えとは逆に、もしかしたら私たちは心の中では密かに、自分の生き方が一番良いと思っているかもしれません。自分が自立していて、迷惑をかけなければ、他の誰にも説明責任を負う必要がないと思っているかもしれません。寛容であることが最高の美徳だと思っているかもしれません。または、私のお金はすべて私のもの、または、自分が誰とデートしようが誰も口を挟む権利はないと、心の中では思っているかもしれません。道徳と倫理は相対的であり、全く個人的な問題であると思っている人もいるでしょう。または、神は存在しないと思っている。などなど、私たちはあらゆる信念、自分が信じている考えにしがみついています。

And so God takes us deep into a wilderness that we may hate, and He says, “Do I have your attention now? I want you to look and listen very, very carefully because I’m going to give you an entirely new worldview. I’m going to give you a worldview that releases you from the false promises of this world. I’m going to give you a worldview that frees you from the lies of this world. I’m going to give you a worldview that is righteous, that is just, that is beautiful, and that is rich. I’m going to reveal to you my absolute truth.”
私たちがそのような勝手な考えを持ってしまうので、神は誰もが嫌う遠い荒野に私たちを連れて行き、「さて、ここなら、あなたはやっと私に注目してくれるでしょう。これから私はあなたに、まったく新しい世界観を見せますから、注意して見たり聞いたりしてください。あなたがこの世界の偽りの約束から解放される素晴らしい世界観を与えてあげます。この世界の嘘からあなたを解放する世界観を与えてあげます。私はあなたに、正義、そして正しく、美しい、豊かな世界観を与えてあげます。絶対で完全なる私の真実を見せてあげましょう。」

In the colourful language of Isaiah, God puts it this way
イザヤの彩り豊かな言語で、神はそのことを次のように述べています。

In the haunts where jackals once lay, grass and reeds and papyrus will grow.

Isaiah 35:7b

荒野の山犬の住みかは、葦やいぐさの茂みになります。

イザヤ書 35:7b

And how will this new worldview that we are given affect us?
そして、神から与えられたこの新しい世界観は、どのような影響を私たちに与えるでしょうか?

Then will the lame leap like a deer, and the mute tongue shout for joy.

Isaiah 35:6a

足の不自由な者は鹿のように跳びはね、口のきけなかった者は大声で叫び、歌います。

イザヤ書 35:6a

  1. Christmas is about being given an entirely new worldview and experiencing true joy.
    クリスマスとは、「まったく新しい世界観を与えられて真の喜びを経験する」ことです。

One more thing Isaiah says.
イザヤがさらにこう言います。

And a highway will be there; it will be called the Way of Holiness;

Isaiah 35:8a

かつては荒野だった所に主要道が通ります。それは「聖なる道」と呼ばれ、

イザヤ書 35:8a

This part of Isaiah’s prophecy is about transformation. It’s about being transformed from unholiness into holiness. In simpler language, it means being changed from people who in character look nothing like God into people who in character resemble God very much.
イザヤの預言のこの箇所は、「変容」に関するものです。それは人が、聖く(きよく)なかった状態から聖い(きよい)状態に変容することを意味します。簡単な言葉で言えば、神とは程遠い性格だった人が、神のような性格の人に変わることを意味します。

To be holy means to be morally and spiritually excellent. So God’s desire is for us to be transformed from people who are morally and spiritually corrupt (by God’s standards), into people who are morally and spiritually excellent.
「聖なる」ということは、道徳的にも霊的にも優れているということです。ですから、私たちが、神の基準から見て道徳的にも精神的にも腐敗している状態から、道徳的に精神的に優れた人々に変わることが神の願いなのです。

What’s the result of being morally and spiritually excellent? Isaiah tells us,
道徳的にも霊的にも優れているとどのような結果を生むのでしょうか?イザヤは次のように言っています、

Gladness and joy will overtake them, and sorrow and sighing will flee away.

Isaiah 35:10b

悲しみもため息もみな過去のものとなります。あるのは、喜びと楽しみだけです。

イザヤ書 35:10b

That’s what Christmas is all about.
変容の結果、私たちには喜びと楽しさのみが残ります。それがクリスマスのすべてなのです。

  1. Christmas is about being transformed into the likeness of God and experiencing true joy.
    クリスマスとは、「神のように変容し、真の喜びを体験する」ことです。

Okay, so we’ve learned this evening through some poetic words of Isaiah three things:
さて、イザヤのいくつかの詩的な言葉を通して、今晩私たちは次の3つのことを学びました。

  1. Christmas is about being rescued from our wilderness and experiencing true joy.
    クリスマスとは、私たちが荒野から救われ、真の喜びを経験することです。
  2. Christmas is about being given an entirely new worldview and experiencing true joy.
    クリスマスとは、まったく新しい世界観を与えられ、真の喜びを経験することです。
  3. Christmas is about being transformed into the likeness of God and experiencing true joy.
    クリスマスとは、神のように変容し、真の喜びを体験することです。

So when I asked at the beginning how Christmas makes you feel, I hope your answer is ‘joy’. I hope Christmas fills you with joy because that is what Jesus came to bring.
私は、お話の最初に、「どんな風にクリスマスのことを思っているのか」とあなた方に聞きましたが、あなたの答えが「喜び」であればいいなと思っています。クリスマスが、あなたを喜びで満たしてくれることを願っています。なぜなら、イエスが私たちにもたらしたものは「喜び」だからです。

Let’s look at the three lessons above one more time.
This sounds great but, back to reality, what does this mean for us? How do we get this in real terms? How do we get rescued from our wilderness, get a new worldview, get transformed into the likeness of God and receive this true joy? How does it work in practical terms?
先ほどお話しした、喜び、新しい世界観、変容という3つのポイントをもう一度考えてみましょう。
これらのことは素晴らしい事のように聞こますが、現実には、私たちにとって何を意味するのでしょうか?どうやってこのようなことが実際にできるのでしょうか?どうすれば荒野から救出され、新しい世界観を得て、神の似姿に変わり、真の喜びを受けることができるでしょうか?それは実際には、どのようにできるのでしょうか?

Isaiah tells us this, too:
イザヤがそのことを教えてくれています。

But only the redeemed will walk there, and those the Lord has rescued will return.

Isaiah 35:9b-10a

罪を赦された者だけが、そこを通ります。彼らは喜び歌いながら、この道を通ってシオンへ帰るのです。

イザヤ書 35:9b-10a

“Only the redeemed will walk there.” This rescue and new worldview and transformation doesn’t just happen automatically while we sleep on December 24. It’s only the redeemed who receive this. And the redeemed are not people of a certain nationality, religion, gender, education, socio-economic group or appearance. The good news is, anyone can be redeemed. And that’s what Christmas is all about.
「罪を赦された者だけが、そこを通ります。」と書かれているように、この「救済」と「新しい世界観」と「変容」は、12月24日のクリスマスイブの夜に眠っている間に自動的に起こるわけではありません。その三つを受け取れるのは罪を許された人だけです。そして、許されるのは、特定の国籍、特定の宗教、性別、教育、社会での経済的集団または特定の外見の人々ではありません。この良いニュースとは、「誰でも罪が許される」と言うことです。それがクリスマスなのです。

Because this prophecy of Isaiah was fulfilled in the Jesus of Christmas. Jesus said, 
イエスがクリスマスの日に生まれたことで、イザヤのこの預言は成就しました。そしてイエスは次のように言いました。

“Let anyone who is thirsty [in the wilderness] come to me and drink. Whoever believes in me, as Scripture has said, rivers of living water will flow from within them.” John 7:37,38
祭りの最後の一番大切な日に、イエスは大声で群衆に語りかけました。「だれでも、渇いているなら、わたしのところへ来て飲みなさい。わたしを信じれば、心の奥底からいのちの水の川が流れ出ると、聖書に語られているとおりです。」ヨハネの福音書 7:37-38

Jesus was talking here about the giving and the releasing of the Holy Spirit to those who believe in Him, who call on Him and who choose to follow Him.
He also said,
イエスはここで、彼を信じ、呼び求め、彼に従うことを選んだ人々に聖霊を与え、解放されることについて話しました。
イエスはまた次のように言いました。

For God so loved the world that he gave his one and only Son, that whoever believes in him shall not perish but have eternal life. For God did not send his Son into the world to condemn the world, but to save the world through him.

John 3:16,17

実に神は、ひとり子をさえ惜しまず与えるほどに、この世界を愛してくださいました。それは、神の御子を信じる者が、だれ一人滅びず、永遠のいのちを得るためです。 17 神がご自分の御子を世にお遣わしになったのは、世をさばくためではなく、世を救うためです。

ヨハネの福音書 3:16-17

The apostle Paul taught us that,
ローマ書では次のように書かれています。

If you declare with your mouth, “Jesus is Lord,” and believe in your heart that God raised him from the dead, you will be saved.

Romans 10:9

なぜなら、もし自分の口で、「イエス・キリストは私の主です」と告白し、自分の心で、「神はイエス・キリストを死者の中から復活させてくださった」と信じるなら、あなたは救われるのです。

ローマ人への手紙 10:9

That’s how your redemption begins: by turning away from your sin and believing that Jesus is the Son of God, that He was raised from the dead, and by asking Him in prayer to be the Lord and Saviour of your life. It’s both simple and profound. You can be redeemed tonight.
それがあなたの償いの始まりです。罪から遠ざかって、イエスが神の子であり、イエスが死からよみがえったと信じ、彼にあなたの人生の主であり救い主であるようにと祈ることによって、あなたの償いが始まるのです。こののことは簡単なようですが奥深いものです。そして今夜、あなたは償うことができるのです。

God is calling you to repent, to give your life to Jesus and receive Him in your heart to experience newness of life and the fullness of joy, so I encourage you to come and speak with me or Pastor Joseph after the service. We would be happy to lead you into a new life in Christ.
神が、あなたに「悔い改めなさい、イエスに人生を捧げなさい」と言っておられるのなら、神があなたに、「心の中で神を受け入れて、新しい人生と喜びを体験するように」と呼びかけているのを感じたら、この礼拝の後に私またはジョセフ牧師に声をかけてください。あなたを「キリストによる新しい人生」に喜んで導きたいと思います。

Jesus came to bring joy to the world by redeeming souls. I hope that this Christmas you will experience the great joy of the Lord.
イエスは、人々に償いの気持ちを持ってもらいたいと思っています。そしてイエスは、この世に喜びをもたらすために来られました。今年のクリスマスは、みなさんが主の大きな喜びを経験できるようにと願っています。

Pray.
祈りましょう。