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Jonah ヨナ書

We continue our 7 year march through the Bible – one book overviewed each month.
7年間にわたって聖書を網羅して順番に読んでいますが、一ヶ月に一度、いろんな書を読んでいきましょう。
We started in Genesis in January 2013 and today we have reached the book of Jonah. [image]
2013年の1月に創世記から読み始めました。今日はヨナ書を読みましょう。
The story of Jonah is well known.
ヨナ書はよく知られています。

He was a prophet who lived in Israel around 800BC.
ヨナは紀元前約800年頃にイスラエルに住んでいた預言者です。
God told him to go to Nineveh with a message.
神様がヨナにニネベというアッシリアの都市に行きなさいというメッセージを伝えました。
He responded by jumping on a ship and going in the opposite direction.
ヨナは飛び上がって船に乗りましたが、行きたくなかったので、間反対の方角に行って逃げてしまいました。
He got thrown overboard, swallowed by a giant fish, spewed up onto dry land, recommissioned by God to go to Nineveh, went to Nineveh, and the whole city repented.
ヨナは乗っていた船から振り落とされ、大きな魚に飲み込まれ、乾いた土地の上に吐き出され、神様にニネベに行くように再び命じられ、ニネベに行き、ようやく街のすべての人々が神様に懺悔しました。
That’s it in a nutshell. Goodbye, have a nice day.
それでこの話はおしまいです。以上です。
Today I would like to look at four meaty things for us to take out of the book of Jonah.
しかし、今日はヨナ書の四つの重要なことをお話ししたいと思います。

Excuses 言い訳

Don’t be too hard on Jonah.
神様の召に従わなかったからといって、ヨナに辛くあたらないであげてください。
He had a great excuse.
彼は彼なりに立派な言い訳がありました。
You see, the Israelites hated the Ninevites (and vice versa) and for good reason.
イスラエル人はニネベの人々を憎んでいました。お互いを嫌う正当な理由を持っており、ニネベの人々も同様にイスラエル人を嫌っていました。
Nineveh was the great enemy of Israel.
ニネベはイスラエル人にとって最大の敵でした。
Even if the Ninevites would listen to Jonah’s message (which he doubted), Jonah wanted them dealt with, not saved!
到底、聞くとは思えませんが、ニネベ人がヨナの説教を聞いたところで、ヨナはニネベの人々を救うより、むしろ裁くことを望みました。

They deserved to be wiped off the face of the earth.
むしろ、地球上からニネベ人たちが消されてもしょうがないと思われていました。
They would probably also kill him.
ニネベ人もおそらくヨナを殺害したことでしょう。
It was a suicide mission.
ニネベ人に説教を解くのはヨナにとって自殺行為のようなものでした。
Think of Billy Graham going to Mecca during Ramadan to preach the gospel.
考えてみてください。それはまるで、ビリーグラハムという有名な宣教師がラマダンの最中にメッカの地に福音を伝えに行くようなものでした。
So to use an Australianism, Jonah ‘did the runner’. [map]
オーストラリア特有の言い回しを使えば、「ヨナは逃げ出した。」と言ったところです。
Jonah had great reasons to say no.
ヨナには断る正当な理由がありました。
Justice! Fear. Futility. 
正義。恐れ。無利益である。
Kids to educate.
自分の 子供の教育をしないといけない。
Goats to herd.
ヤギの群れの面倒をみないといけない。
A stack of emails to catch up on.
まだ読んでいないたくさんのe-mailに返事をしないといけない。
But in the end, they were just excuses. God had spoken.
しかし結局のところ、それらは言い訳にしか過ぎませんでした。神がヨナに命令したのですから。

My question to you is, what is God asking you to do/
私からの質問は、神はあなたに何を求めているのでしょうかということです。
What is He[God] calling you to do?
神はあなたに何をするよう求めておられるでしょうか?
Share the gospel with someone? 福音を誰かと分かち合う?
Apologise to someone? 誰かに謝る?
Forgive someone? 誰かを赦す?
Confess a sin? 罪を告白する?
Sever a relationship? 関係を断つ
Spend more time in prayer? もっと祈りに時間を費やす
And what are your excuses?  あなたの言い訳は何ですか?
(Write them down)書き上げてみてください。
Pray against our excuses.私たちがもうこれ以上言い訳をしないように祈ってください。

2. Obedience 従うこと

Eventually, after a solid pummelling from God, Jonah relented and went to Nineveh.
結局、神様から硬い拳で打ち付けられたような衝撃の後、ヨナは目が覚め、二ネバに行きました。
Nineveh was a large and important city of 120,000 people.
二ネバは当時12万人もいる大きな重要な都市でした。
Jonah preached his message.
ヨナはそこで教えを説き始めました。
It was not a happy one:
でもそれは良い体験とは言えませんでした。
“Forty more days and Nineveh will be overthrown.” Jonah 3:4
「四十日を経たらニネベは滅びる」ヨナ書3:4
But here’s what happened:
しかしこんなことが起こったのです。
“The Ninevites believed God. A fast was proclaimed, and all of them, from the greatest to the least, put on sackcloth.” Jonah 3:5
そこでニネベの人々は神を信じ、断食をふれ、大きい者から小さい者まで荒布を着た。ヨナ書3:4

The Ninevites believed the message, repented and all 120,000 people turned to God!
二ネバ人はヨナの教えを信じ、罪を感じ、後悔をし、12万人もの人々が全員神様を信じたのです。
This is the largest mass conversion recorded in the Bible.
これは、聖書に書かれている中でも、一番大きな改宗の記録です。
We marvel at the 3000 who turned to Christ at Pentecost but bragging rights go to Jonah.
三千人もの人が聖霊降臨の祝日に改宗してクリスチャンになったという話も確かにすごいですが、ヨナが12万人の人々を神様を信じさせたということは、自慢するに値すると思います。
He got 117,000 more than Peter.
ペテロが改宗した人々より11万7千人も多かったのです。
But here’s the thing.
しかし、言っておきますが、
Jonah still had mixed motives.
ヨナにはまだあやふやな動機だという複雑な気持ちがあったのです。
But obedience to God can still bear fruit even when our motives are mixed. しかし、複雑な動機、理由が不明確であったとしても神に従うことは実を結ぶことになります。
So bad luck, using ‘My motives aren’t pure’ is not an excuse for lack of obedience.
不運なことに、「私の動機は不純だから」というのは従順さが欠けているという理由にはならないのです。

There are plenty of examples in the Bible to support this.
聖書の中には、このことについてたくさんの例が書かれています。
The father of the boy with seizures responding to Jesus:
発作を持った息子を持つ父親がイエスに対して: “I do believe; help me overcome my unbelief!”(Mark 9:24) 「信じます。不信仰なわたしを、お助けください」マルコによる福音書9:24
In the parable of the Two Sons (Matthew 21: 28-32) it was the son who said ‘no’ but later went and did what his father asked who was accepted.
マタイの福音書21章28節に書かれている二人の息子の例え話の中に、一人の息子が「ぶどう狩りに行くのは嫌だ」と言ったのに、後にもう一度、考え直して出かけた。
Paul was okay even with people preaching the gospel with mixed motives:
パウロはあやふやな動機を持った人々にさえ福音を宣べ伝えることは惜しみませんでした。
“But what does it matter? The important thing is that in every way, whether from false motives or true, Christ is preached. And because of this I rejoice.” Phil 1:18
すると、どうなのか。見えからであるにしても、真実からであるにしても、要するに、伝えられているのはキリストなのだから、わたしはそれを喜んでいるし、また喜ぶであろう。フィリピの信徒への手紙1:18

Don’t get me wrong.
誤解しないでください。
I am NOT saying it’s okay to have false motives.
私は、あやふやな動機を持っていても良いと言っているのではありません。
By all means we should labour in the Kingdom with pure motives.
どんなことがあっても、清い志を持って御国のために働くことは大切です。
I can’t emphasise that enough.
これ以上は伝えられないほど言い続けてきました。
But if we should find ourselves serving with mixed motives, that is not a reason to stop or to avoid a call.
しかし、たとえ私たちが間違った動機を持っていたとしても、そのことは間違っているわけではなく、また、辞めてしまったり、神様のお召しを避ける、という理由にはなりません。
It simply means we need to work on our motives.
単純に言ってしまえば、私たちは動機に基づいて働くべしということなのです。

3. Signs しるし

Despite the extraordinary nature of Jonah’s experience inside a fish for three days, there’s no reason to doubt the historical nature of this account.
魚に飲み込まれ、3日間魚のお腹の中にいたというヨナの驚くべき体験であったとしても、歴史的な根拠を疑うという理由は見当たりません。
But it was more than an historical event. It was also a sign.
しかし、このことは歴史的な出来事というだけではなく、あることの印、前兆だったのです。
Historical Biblical events often served (prophetically) as signs for things that were to come.
歴史的な聖書の出来事はよく、予言のように、これから起こることへの前兆だと言われます。
The passover in Egypt 
エジプトでの過ぎ越しの祭り was an historical event that was also a sign of a greater salvation that was to come through the sacrifice of Jesus, the Lamb of God, on the cross.
エジプトでの過ぎ越しの祭りという歴史的な出来事は、イエスという神様の子が十字架の上ではらった犠牲による、素晴らしい救済が来るという印、前兆だったのです。

The crossing of the Red Sea 紅海の横断was an historical event that was also a sign of a greater baptism that was to come at Pentecost (1 Corinthians 10:2)
紅海の横断という歴史的な出来事は、聖霊降臨の祝日に行われる洗礼式の前兆
だったのです。
Jonah inside the fish. Jesus said, “For as Jonah was three days and three nights in the belly of a huge fish, so the Son of Man will be three days and three nights in the heart of the earth.” Matthew 12:40
大魚の中にいたヨナについては、イエスはこう言いました。
「すなわち、ヨナが三日三晩、大魚の腹の中にいたように、人の子も三日三晩、地の中にいるであろう。」マタイによる福音書12:40

Be reminded as we work our way through the Old Testament that every book of the Bible points to Jesus.
しかし覚えていてください。旧約聖書の中のすべての書がイエスのことを記述しているということを。
Every book points to a greater salvation to come.
すべての書が素晴らしい救済、救いのことを言っていることを。
Jesus is the fulfilment of every Old Testament law and sign.
イエスが旧約聖書の中で掟と印をすべて満たしているのです。

Jesus said: イエスはこう言いました。
“Do not think that I have come to abolish the Law or the Prophets; I have not come to abolish them but to fulfill them.” Matthew 5:17
わたしが律法や預言者を廃するためにきた、と思ってはならない。廃するためではなく、成就するためにきたのである。マタイによる福音書5:17

4. God loves horrible people 神はどうしようもない人たちを愛している

We think of this as a gospel message.
私たちは、このことを福音のメッセージとして考えてみましょう。
What does John 3:16 say?
ヨハネの3章16節は何と言っているでしょう?
For God so loved the beautiful people of this world that He sent…
神はそのひとり子を賜ったほどに、この世の美しい人たちを愛して下さった
For God so loved the Christians that He sent…
神はそのひとり子を賜ったほどに、クリスチャンを愛してくださった
For God so loved those who seek Him with all their heart that He sent…
神はそのひとり子を賜ったほどに、心から神を求める者を愛してくださった
For God so loved the intellectually superior that He sent…
神はそのひとり子を賜ったほどに、賢い人たちを愛してくださった

I could go on.
などなど、まだまだたくさんあります。
You know what it says:
何のことを言っているかわかりますか?

“For God so loved the world [which rejected Him] that he gave his one and only Son, that whoever believes in him shall not perish but have eternal life.”
神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。ヨハネによる福音書3:16

But ‘God loves horrible people’ is not a New Testament gospel message.
しかし、「神は、どうしようもない人々を愛している。」というのが新約聖書のメッセージではありません。
It’s an Old Testament teaching that shines through to the New Testament because God never changes.
新約聖書にも関係している旧約聖書の教えは、神は決して変わらない、不変だということです。

God loves horrible people: 神はどうしようもない人たちを愛している
The vile people of Nineveh.
ニネベの不道徳な人々。
The awful compromising Samaritans.
評判の悪いサマリア人。
The lying, evil, lazy, gluttonous Cretans.
嘘つきな、悪意に満ちた、堕落した、貪欲なクレタ島の人々。
The high school girls who block escalators.
エスカレターを占領する女子高生。
The people who swim too slowly in front of you.
プールであなたの前を塞いで、他の人のことを気にもせず、ゆっくりゆっくりマイペースで泳ぐ人たち。
People who send spam.
あなたに迷惑メールを送る人たち。
To quote Paul from 1 Cor 6:9,10:コリントの信徒への手紙一6:9,10からの引用です。
(Or do you not know that wrongdoers will not inherit the kingdom of God? Do not be deceived: Neither the sexually immoral nor idolaters nor adulterers nor men who have sex with men nor thieves nor the greedy nor drunkards nor slanderers nor swindlers will inherit the kingdom of God.
それとも、正しくない者が神の国をつぐことはないのを、知らないのか。まちがってはいけない。不品行な者、偶像を礼拝する者、姦淫をする者、男娼となる者、男色をする者、盗む者、
・欲な者、酒に酔う者、そしる者、略奪する者は、いずれも神の国をつぐことはないのである。コリントの信徒への手紙一6:9,10)
People who are “sexually immoral. Idolaters. Adulterers.
性的に不道徳な人たち。偶像崇拝をする人たち。不貞を働く人たち。
Men who have sex with men.
男性と肉体関係を持つ男性。
Thieves.
盗みを働く人々。
Greedy people.
貪欲な人々。
Drunkards.
酔っ払い。
Slanderers.
悪口を言う人たち。
Swindlers.” You. Me.
ペテン師。あなたと私。

God loves them and us all and Jesus died for them and us all.
神様はそんな人たちも全て愛しておられます。そして、イエス様はそんな人たち全てのために命を失いました。
This is a wholly Biblical message.これが聖書の一番大きなメッセージです。

This is not a call to justify sin but to repent from sin and to turn to God.
これは罪を正当化するのではなく、罪から悔い改め神のもとに立ち返るための召しです。
The message to Nineveh was not ‘Don’t worry, God loves you and carry on as you were’.
二ネバ人に対するこのメッセージは「心配することはありません。神様があなたのことを、あなたのありのままの姿を愛してくださっています。だからそのままでいてください。」ということではありません。
Jonah took a message of judgement and a call to repent.
ヨナはこの時、制裁と懺悔のお告げを受け取りました。

Because God loves horrible people.
なぜなら、神様はこんなにもどうしようもない人たちをも愛してくれているからです。

When God’s own people fail and are under judgement, the message to repent from sin and turn to a loving, healing God is the same:
神様がご自身の子供達を失脚させ、法の裁きに置く時、私たちが受け取る教えは、罪から遠ざかり、愛する癒しの神様の元に戻るということです。
Say to them, ‘As surely as I live, declares the Sovereign Lord, I take no pleasure in the death of the wicked, but rather that they turn from their ways and live. Turn! Turn from your evil ways! Why will you die, people of Israel?’ Ezekiel 33:11
あなたは彼らに言え、主なる神は言われる、わたしは生きている。わたしは悪人の死を喜ばない。むしろ悪人が、その道を離れて生きるのを喜ぶ。あなたがたは心を翻せ、心を翻してその悪しき道を離れよ。イスラエルの家よ、あなたはどうして死んでよかろうか。 エゼキエル書33:11

God loves horrible people as well as the beautiful people.
神様はどうしようもない人々を、素晴らしく美しい人々と同様に愛しておられます。
We are God’s ambassadors to the world, as Jonah was to Nineveh, as Peter was to the Jews and as Paul was to the Gentiles.
ヨナが二ネべ人へしたように、ペテロがユダヤ人にしたように、パウロが非ユダヤ人にしたように、私たちクリスチャンはこの世の神の使者です。
We are God’s ambassadors in this world and we have a message to deliver.
私たちはこの世では神の使者であり、伝えるべきメッセージがあるのです。
We have a calling to live as Jesus did, and to love as God loves.
私たちはイエスが生きたように生き、神と同じように愛するように召されているのです。

Will you make excuses and run the other way?
言い訳をして反対側へ逃げていきますか?
Will you obey with mixed motives?
複雑な動機でも従いますか?
Or will you obey with all your heart?
それとも心から従いますか?

I sincerely hope you will choose to obey with all your heart. 
私は、あなた方が自分の心に忠実に神に従順であることを祈っています。

So, to review what we can learn from the book of Jonah:
ヨナ書をもう一度振りかえってみましょう。四つの教えがありました。

Let’s not make excuses when God calls us to action.
神様が私たちに何かを伝えている時は従順に行動しましょう。
Let’s obey God with pure motives.
神様に使える時は正しい目的で使えましょう。
Let’s understand the signs in the Bible and how they are fulfilled in Christ.
聖書に書かれている印を理解しましょう。そして、キリストが全てを満たしてくれていることを理解しましょう。
Let’s love our neighbours, even those who are horrible to us, remembering how much God loves them (and us).
私たちの隣人を愛しましょう。たとえ、その隣人があなたにひどいことをする人たちであっても、神様はあなたを愛しているように、あなたの隣人をも愛してくださっています。

Pray.