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Ephesians

29 April, 2018

Two news stories grabbed the world’s attention this week.
今週、2つの話題が世界の注目を集めました。

The first was the birth of the baby prince, born to Prince William and Catherine. Some English people camped outside the hospital for over a week to wait for this. (Who said the English were sane?!) And there was much rejoicing.
最初はウィリアム王子とキャサリン妃の間に生まれたベビープリンスの誕生でした。イギリスの人々は、ベビープリンスの誕生を待つために1週間以上病院の前で野宿しました。 イギリス人は熱狂しすぎて、気が狂っていると言った人もいたぐらいです。そして、たくさんの喜びがありました。

The second story concerned the man who drove a van into a crowd of people in Canada, killing 9 people and injuring 16 others. It was a terrible tragedy and there was a huge outpouring of grief.
2つめの話は、カナダでの出来事です。人々の群衆の中に車のバンが乗り込んで、9人が死亡し、16人が負傷したというニュースです。それはひどい悲劇であり、非常に悲しい出来事でした。

These two stories grab our attention because they have to do with life and death. Life is sacred. It’s a gift of God and when a new baby comes into our world, everything stops and we marvel at the miracle of life.
命は聖なるものです。
これらの2つの話は、人生と死と関係があるため、私たちの注目を集めています。命は神聖なるものです。それは神の贈り物であり、新しい命である赤ん坊が私たちの世界に誕生すると、すべてが止まり、私たちは人生の奇跡に驚かされます。

Life is sacred. It’s a gift of God and when it is ended, everything stops and with very sober judgement we re-evaluate our priorities and our place in this world.
命は神聖なるものです。それは神の贈り物であり、命が終わるとすべてが止まり、非常に冷静な判断を持って、私たちはこの世界における私たちの存在と、優先順位が何であるかを改めて見直すことができます。

Indeed, these two events press us to consider how precious the gift of life is on one hand, and how fleeting and precarious this gift also is, on the other. The prayer of the psalmist carries our hearts here:
確かに、これらの2つの出来事は、私たちに、人生の贈り物がどれほど貴重であるか、また、この贈り物がどれほど一瞬でも不安定であるかを問いかけています。詩編の作者の祈りは次のように私たちの心に問いかけています:

Teach us to number our days, that we may gain a heart of wisdom.
Psalm 90:12

どうか、私たちに与えられた日の数え方を教え、それがどんなに短いものか気づかせてください。どうか、正しい日の過ごし方を教えてください。
詩篇 90:12

How do we do this? How do we number our days? We have a very limited time on this earth – how are we to make the most of our lives?
これはどうやってやるの?私たちはどのように日にちを数えますか?この地球上では、私たちの時間は非常に限られています。 私たちはどのようにして人生を最大限に生かすことができるのでしょうか?

It’s a big question. The book of Ephesians gives us the answer. We are continuing our run through the books of the Bible. Last week we were looking at Galatians. This week we move onto Ephesians.
それは大きな問題です。エペソ人の書は私たちに答えを与えてくれます。私たちは引き続き、聖書の書を学んでいきましょう。
先週、私たちはガラテヤ人への手紙を勉強しました。今週はエペソ人への手紙を読んで行きましょう。

Ephesians is a unique book in the Bible. Written in AD60 from Rome where he was being held in prison, it’s the only letter written by Paul that does not address a specific heresy. It was written as a circular letter to encourage all believers and instruct them in how to live good lives for God.
エペソ人への手紙は聖書の中でもユニークな書です。紀元前60年に、パウロが刑務所に収容されていたローマの地で書かれました。パウロが唯一、特定の異なった教えについて書かなかった手紙です。それはすべての信者に宛てて書かれ、神のために生きるためには、どのようにすれば良いのかを奨励し、示すための手紙でした。

It begins with the essence of the gospel: God’s grace given through Jesus Christ.
その手紙は福音の本質から始まります。イエス・キリストを通して与えられた神の恵みのことです。

For it is by grace you have been saved, through faith—and this is not from yourselves, it is the gift of God.
Ephesians 2:8

あなたがたは、恵みにより、キリストを信じることによって救われたのです。しかも、そのキリストを信じることすらも、あなたがたから自発的に出たことではありません。それもまた、神からの賜物(贈り物)です。
エペソ人への手紙 2:8

This should be a familiar teaching to you. I encourage you to compare it with Romans 3:28 and Galatians 2:16 which we looked at recently. They all say the same thing! Ours is a gospel of grace won through the death and resurrection of Jesus, and received by faith for all who repent and call on His name.
皆さんもこの教えをよく知っておかなければなりません。私が最近読み直した、ローマ人への手紙3章28節とガラテヤ書の2章16と比べて読んでみることをお勧めします。どの作者も、すべて同じことを言っています!私たちは、イエスの死と復活によって恵みを受けました。そしてそれが福音であり、悔い改めてイエスの名を呼ぶすべての人々は、信仰によって受け入れられます。

It’s because of the certainty of this gospel truth that we come back to our question: How do we number our days? How are we to make the most of our lives? Paul tells us:
それは、福音が真実であるという確信によって、私たちの先ほどの質問に立ちもどります。
私たちはどのように日にちを数えますか?
私たちはどのようにして人生を最大限に生かすことができるのでしょうか?
という質問に戻ります。
パウロは私たちに次のように言っています。

As a prisoner for the Lord, then, I urge you to live a life worthy of the calling you have received. Be completely humble and gentle; be patient, bearing with one another in love. Make every effort to keep the unity of the Spirit through the bond of peace. There is one body and one Spirit, just as you were called to one hope when you were called; one Lord, one faith, one baptism; one God and Father of all, who is over all and through all and in all.
Ephesians 4:1-6

主に仕えたために、今こうして牢獄につながれている私からお願いします。このようにすばらしい神の祝福を受けるために選ばれたあなたがたは、それにふさわしく生活し、行動してください。 謙遜で柔和な人になってください。愛をもって互いの欠点を思いやり、互いに忍耐してください。 御霊によって心を一つにされるよう常に努力し、互いに仲良く暮らしなさい。私たちはみな、一つの体の各器官です。だれもが同じ御霊を与えられ、同じ輝かしい未来へと招かれています。 また、私たちの主はただ一人であり、信仰も一つであり、バプテスマ(洗礼)も一つです。 そして、私たちすべての上に立ち、すべての中に宿り、各器官である私たちを貫いて生きておられる、神であり父である方は一つです。

エペソ人への手紙 4:1-6

We are to live a life worthy of this calling.
私たちはこの呼びかけにふさわしい人生を生きなければなりません。

But I worry that we read this with a filter. I worry that we read most of the Bible with a filter. All of us. We might call these filters ‘exception clauses’. They look like this:
しかし、私は、皆さんが先入観を持って読むことを心配しています。先入観で聖書を持って皆さんが聖書を読んでいるのではないかと心配です。私たち全員に当てはめて言えることですが、これらの先入観のことを「例外条項」または「免責条項」と呼びます。それはこんな感じです:

Be completely humble and gentle
謙遜で柔和な人になってください。
Does not apply to people who are stressed
ストレスを感じている人には適用しません
be patient
互いに忍耐してください
Does not apply when stuck in traffic
交通渋滞に巻き込まれているときには適用しません
bear with one another in love
愛をもって互いの欠点を思いやり
Does not apply when dealing with idiots
かな人たちの相手をするときは適用しません

I suspect we’re all guilty of applying such exception clauses to Biblical teaching. But if we add exception clauses then we’re not living a life worthy of the calling we have received.
私は、そのような例外条項、免責条項を聖書の教えに適用することは罪に当たると思っています。しかし、例外条項を付け加えてしまったら、私たちがせっかく受け取った召にふさわしい人生を生きていないことになります。
(例外を付け足してしまえば、私たちが受けている召しにふさわしい生き方をしていません。)

This calling can be broken down into three areas, according to Paul’s teaching here in Ephesians.
パウロのエペソ人の教えによれば、この神からの召は次の三つの領域に分けられます。

  • The call to salvation
    救いへの召し   
  • The call to solidarity (that is, fellowship, unity in the church body)
    (結束への召し)結束せよという召し(すなわち、教会の中での交友や団結を図りなさいという召し
  • The call to service
    奉仕への召し 奉仕をせよという召し

All of us who are in Christ, have these three primary callings upon our lives – without exception clauses. Whether we’re suffering from depression, high blood pressure, job loss, marital stress, committee-fatigue – these callings still remain front and centre in our lives.
これらの3つの重要な召しは、キリストによって私たちの人生に与えられています。 例外はありません。うつ病、高血圧、失業、夫婦間のストレス、委員会疲労など、私たちが苦しんでいるかどうかにかかわらず、私たちの人生の中で最も重要なものは、これらの「召し」なのです。

In Ephesians 2:8, we’ve already looked at our calling to salvation.
In Ephesians 4:1-6 just now, we’ve looked at our calling to solidarity. Paul continues in Ephesians 4:29-32 with this teaching in very practical ways on how we are to live our lives in unity with others in the body of Christ:
エペソ人2:8では、救いへの召しについて読みました。
次に、エペソ人への手紙第4章1-6節では、結束への召しについて読みました。パウロはエペソ人への手紙第4章29-32節で、キリストの元において、他の人々と一体となって生きるために、次のように書いています。

Do not let any unwholesome talk come out of your mouths*, but only what is helpful for building others up according to their needs, that it may benefit those who listen. And do not grieve the Holy Spirit of God, with whom you were sealed for the day of redemption. Get rid of all bitterness, rage and anger, brawling and slander, along with every form of malice. Be kind and compassionate to one another, forgiving each other, just as in Christ God forgave you.

Ephesians 4:29-32

悪意のこもったことばを口にしてはいけません*。 相手の益となり、助けとなること、また祝福を与えることだけを話しなさい。 30 聖霊を悲しませるような生き方をしてはいけません。この聖霊は、罪からの救いが完成する日のために、救いの確かな証印を押してくださる方であることを忘れてはなりません。 31 無慈悲、憤り、怒りなどを捨てなさい。とげのあることばやえこひいきをなくしなさい。 32 むしろ、互いに親切にし、心のやさしい人になりなさい。そして、神がキリストにあってあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。

エペソ人への手紙 4:29-32

 (* does not apply when telling jokes – yes it does! There are no exception clauses!)
(* ただし、ジョークを話すときは当てはまらない、と言った例外はありません!)

We grieve the Holy Spirit through unwholesome talk and through unChristlike behaviour. We please the Holy Spirit by building each other up with our words, and by being kind, compassionate and forgiving toward one another. Not just with our friends, but with those we would not naturally befriend. That’s how we are to live our lives: in building up the body of Christ.
私たちは不本意な話やクリスチャンらしくない行動を通して聖霊を悲しませてしまいます。私たちは言葉で、互いに、親切で、思いやりを持ち、互いを許すことによって、聖霊を喜ばせます。私たちの友人だけでなく、友好的になれない人々に対してもです。そういうわけで、私たちは皆キリストの元に団結して、人生を生きるべきです。
(私たちは言葉で互いに徳を高め合い、互いに親切にし、心のやさしい人となり、赦し合うことで聖霊を喜ばせます。)

In Ephesians 4:12,13, we see the third calling to service addressed, and perhaps surprisingly, you cannot separate the call to service from the call to solidarity. The two go hand in hand.
エペソ人4章12,13では、第三の召しに当たる、奉仕するための召しが示されています。少し驚くのは、奉仕への召しと連結する召しを別々に分けることはできないのです。この二つの召しは共に手を携えているのです。

So Christ himself gave the apostles, the prophets, the evangelists, the pastors and teachers, to equip his people for works of service, so that the body of Christ may be built up until we all reach unity in the faith and in the knowledge of the Son of God and become mature, attaining to the whole measure of the fullness of Christ.
Ephesians 4:12,13

なぜこのように、それぞれに賜物が与えられたのでしょうか。それは、神の民となった人々が、神のためによりよく働けるよう整え、キリストの体である教会を、力にあふれた、完成した状態へと建て上げるためです。 そしてついに、私たちは、救いについて、また救い主である神の子について同じ信仰を持つに至り、主にあって完全に成長した者となるのです。
エペソ人への手紙 4:12-13

So how are we to number our days and make the most of our lives? By growing in unity and maturity through the three primary callings in our lives:
ではどのようにして与えられた日を数え、人生を最大限に生かすことができるのでしょうか?それは3つの重要な召しを通して一つになって成熟を目指して成長することによってです。

  • The call to salvation
    救いへの召し
  • The call to solidarity (that is, fellowship, unity in the church body)
    結束への召し
  • The call to service
    奉仕への召し

And you know what? That’s what we’re doing this week. The VBS program gives us opportunity to come together in solidarity, to do works of service which bring the call of salvation into the lives of the kids who are coming.
そして、知っていますか?これらの召しが、私たちが今週、この教会ですることです。 VBSプログラムは、私たちに団結する機会、参加する子供たちに救いの召しをもたらす奉仕の仕事をする機会を与えてくれます。

To be sure, pretty much every ministry we have, from Kyoko’s book club to the campus outreach to our youth group, are a combination of these callings. So let’s be enthusiastic about them all.
確かに、京子さんのブッククラブや青少年グループ、またキャンパス・アウトリーチなど、私たちが行なっているあらゆる奉仕は、これらの召しが組み合わさったものです。これらの仕事をぜひ熱心に行なってください。

One more important thing that Paul tells us about these callings:
パウロがこれらの使命、召しについて私たちに教えてくれるもう一つの重要なことがあります。それは、次に書かれています。

Be very careful, then, how you live—not as unwise but as wise, making the most of every opportunity, because the days are evil. Therefore do not be foolish, but understand what the Lord’s will is. Do not get drunk on wine, which leads to debauchery. Instead, be filled with the Spirit, speaking to one another with psalms, hymns, and songs from the Spirit. Sing and make music from your heart to the Lord, always giving thanks to God the Father for everything, in the name of our Lord Jesus Christ.
Ephesians 5:15-20

ですから、自分の行動によくよく注意しなさい。今は困難な時代です。愚か者にならないで、賢くなりなさい。あらゆる機会を十分に生かして、正しい行いをしなさい。 軽率に行動せず、主が望んでおられることを実行しなさい。 酒を飲みすぎてはいけません。そこには多くの悪が潜んでいるからです。むしろ、御霊に満たされ、支配していただきなさい。 聖なる歌をうたい、心の中で主に向かって賛美しながら、互いに主について語り合いなさい。 いつも、あらゆることを、主イエス・キリストの名によって、父なる神に感謝しなさい。
エペソ人への手紙 5:15-20

Two important things to draw out of this passage which are in essence the conclusion to this teaching of living a life worthy of our calling.
基本的には、私たちは、召しにふさわしい人生を生きるべきであり、その教えが結論であるということ、そして次の2つのことがこの節で言われている重要なことです。

The first is that our character is more important than our programs. The programs are great, but if we are not exhibiting a Christ-like character then we’re wasting our time. The second is that we succeed in these callings only by the regular ongoing filling of the Holy Spirit. The regular filling of the Spirit must be a top priority for us.
重要なポイントの一つ目は、私たちが計画しているイベントのプログラムより大切なのは私たちの人格であるということです。
(私たちの人格は私たちが計画するプログラムよりも大切です。)
常に聖霊に満たされていなければこれらの召しを果たせません。
プログラムは素晴らしいですが、もし私たちがキリストのような性格を示していなければ、私たちは時間を無駄にしているのも同様です。二つ目の重要なポイントは、聖霊が常に継続的に満たされることによってのみ、これらの召しに成功するのだということです。聖霊に常に満たされるということは、私たちにとって最優先事項でなければなりません。

So, in the Spirit, let’s embrace and rejoice in our salvation, let’s be very careful to build each other up in the faith, and let’s enjoy working together in acts of service for the expansion of God’s kingdom.
ですから、聖霊を感じ、私たちの救いを受け入れて喜び、信仰の中でお互いを築き上げるように注意を払い、神の御国の広げるために奉仕をし、共に働くことを楽しみましょう。

Pray.