1 Timothy

15 July, 2018

Today we continue our walk through the books of the Bible, which we started in 2013, and aim to finish by the end of this year. Let’s quickly see what we’ve covered so far.
私たちは2013年から始めた聖書の勉強を続け、今日も書を読んでいきましょう。そして、今年末までに全部の書を読み終えられるようにしましょう。これまで学んだことをちょっとおさらいしてみましょう。

[Image] Old Testament: Pentateuch (law), history books, wisdom literature, major prophets, minor prophets. New Testament: gospels, Acts (history), Paul’s letters to the churches, Paul’s pastoral letters (which we begin today), other letters, Revelation.
旧約聖書です。モーセの五書、歴史書、知恵文学、大預言書、小預言書を学びました。新約聖書では、福音書、使徒行伝、ここには教会の歴史が書かれています。パウロの教会への手紙、そして私たちが今日読み始めるパウロの牧師たちへの手紙、その他の手紙そして黙示録が書かれています。

1 Timothy is the first of three pastoral letters that Paul wrote. Timothy was basically Paul’s apprentice. He was like a trainee apostle, responsible for planting and overseeing churches. As such there are three main themes to this letter:
テモテへの手紙第一は、パウロが牧師たちへ書いた3つの手紙のうちの最初の手紙です。テモテは基本的にパウロの弟子でした。テモテは教会の設立や教会を監督する役割の弟子たちを育てる訓練係のようなものでした。ですから、これらの手紙には次のような3つの主なテーマがあります。偽の教師と教え、教会のリーダーの適格性、神の家族というのが三つのテーマになっています。

  1. False teachers and doctrine
    偽の教師と教え
  2. Qualifications for church leaders
    教会のリーダーの適格性
  3. The household of God
    神の家族
  4. (I won’t be following these themes in this sermon, but these are the main themes of the letter.)
    今日は、これらのテーマについて詳しくお話はしませんが、これがパウロの手紙の主なテーマとなっています。

Paul’s letter to Timothy has long had personal appeal to me, perhaps more than any other of his letters. You see, Timothy seemed to struggle with timidity in his leadership and, especially in my early years of pastoring, I felt much the same way. So I took a lot of what Paul wrote to Timothy to heart, and found it very encouraging.
テモテへのパウロの手紙については、長い間、私は個人的に魅力を感じていました。手紙では、テモテが自分のリーダーシップについて、臆病であり、苦しんでいるように思えました。特に、私の今までの過去の牧師をしてきた時と同じように感じました。だから、私はパウロがテモテに心を込めて書いたこの手紙のことを、とても励みに思っていました。

So rather than just follow the main themes of the letter, I’d like to pick out the parts that have been particularly meaningful to me, and that I think would be particularly meaningful to our church.
だから、手紙のテーマについて語るのではなく、特に私にとって個人的に意味のあった部分を選んでお話したいと思っています。この教会の皆さんにとっても意味があると思います。

  1. Let’s begin with 1 Timothy 1:13-16. Hopeless Cases.
    望みのないケース

まず最初に、テモテへの手紙第一 1章13節から16節に書いてある、「望みのない状態」についてお話したいと思います。

Have you ever met a person, or heard about a person, and thought, ‘There’s just no hope for this person’. Either, they’re so convinced in their atheism, or they’re so morally corrupt, or so completely disinterested in spiritual matters, that you just want to give up on them. You feel there’s no point even trying to reach them.
あなたは今まで、「この人に希望はないな。なんの望みもないな。」と思わせられるような人に会ったり、そんな人のことを聞いたりしたことはありますか?無神論者で神が存在しないことに納得している人達だったり、あるいは不道徳な問題を抱えて、倫理的にとても腐敗してしまっている人達。あるいは霊的なことに対して完全に無関心な人達。そんな人たちに対して私たちは、もうあきらめたい気持ちになります。彼らにいくら手を差し伸べようとしても、何の意味もないと私たちは感じてしまいます。

Take this guy, for example. [Image] This is John Newton. He was a slave trader in 18th Century and was involved in all manner of wickedness. He’s the very sort of person that, you would think, would want to have nothing to do with God, and would be beyond responding to the gospel.
たとえば、この人をみてみましょう。 [画像]これはジョン・ニュートンです。彼は18世紀の奴隷商人であり、すべての邪悪に関わっていました。彼は神とは何の関係も持たず、福音に全く反応しないと言う、あなたが思っているとうりの人物です。

In time, Newton, of course, [He] gave his life to Christ, became a minister, and wrote some of the church’s best loved songs, including Amazing Grace.
当時のニュートンから考えると、もちろん、彼が自分の人生をキリストに捧げ、一国の総理大臣になり、アメージンググレイスのような、教会で愛されている歌を書いた人だとは、誰も思わないでしょう。
(彼はキリストに自分の人生をささげました。)

Or what about this woman? [Image] Her name is Rosaria Champagne Butterfield. Rosaria was a professor at the Centre for Women’s Studies at Syracuse University, and as a movement-leading lesbian, was frequently invited to give keynote speeches at gay pride marches, as well as speak at Harvard University and other institutions on gay and lesbian studies.
または、この女性はどうでしょう? [画像] 彼女の名前はロザリア シャンペン バターフィールドです。 ロザリアはシラキュース大学の女性研究センターの教授であり、レズビアン、女性の同性愛者のための活動のリーダーとして、ゲイの行進で講演をしたり、ハーバード大学や他の機関にもしばしば招かれ、ゲイやレズビアンの研究について講演していました。

She’s the very sort of person, you might think, who could never be reached with the gospel of Christ. Yet in 1999, over a long course of events, she fell at the feet of Jesus and gave her life to Him [Christ].
彼女はキリストの福音とは程遠い、まさに、あなたが思っているような人です。しかし、1999年には、長い出来事の間に、彼女はイエスの足元にひれ伏し、自分の人生を神に捧げました。[キリスト]
(彼女はキリストに自分の人生をささげました。)

Or what about this guy? The apostle Paul wrote,
またはこの人はどうでしょうか?使徒パウロは次のように書いています。

Even though I was once a blasphemer and a persecutor and a violent man, I was shown mercy because I acted in ignorance and unbelief. The grace of our Lord was poured out on me abundantly, along with the faith and love that are in Christ Jesus. Here is a trustworthy saying that deserves full acceptance: Christ Jesus came into the world to save sinners—of whom I am the worst. But for that very reason I was shown mercy so that in me, the worst of sinners, Christ Jesus might display his immense patience as an example for those who would believe in him and receive eternal life.
1 Timothy 1:13-16

以前の私は、キリストの名をあざけり、主を信じる者たちを追い回し、あらゆる方法で迫害しました。しかし主は、そんな私さえ、心にかけてくださったのです。その時はまだ、キリストを知らず、自分のしていることの恐ろしさもわからなかったからです。 主は、なんと恵み深いお方でしょう。どのように主に信頼すべきか、どうしたらキリスト・イエスの愛に満たされるかを教えてくださったのです。 「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来てくださった」ということばは真実で、そのとおり受け入れるべきものです。私は、その罪人の中でも筆頭格の人間です。 それにもかかわらず、神は私をあわれんでくださいました。キリスト・イエスは、どうにも手がつけられない罪人に対してさえ寛容を示して、私のような者を選ばれたのです。それによって、だれでも永遠のいのちを持つ希望が与えられるのです。
テモテへの手紙Ⅰ 1:13-16

What Paul is teaching Timothy and sharing with the rest of us, is that there are no hopeless cases in Christ. There is no-one that God can’t reach. There is no-one too bad for His grace. This is good news for hardened atheists, lifetime criminals, moral failures and even pedafile priests.
パウロがテモテに教えていることと、私たちに教えてくれていることは、キリストに「絶望的な状況はない」ということです。神が手を差し伸べない人は誰もいません。神の恵みに値しないような悪い人はいません。このことは、堅固な無神論者、生涯通しての犯罪者、道徳的な失敗をした人、さらには小児愛者の協会の司祭のような「どうしようもない人達」にとって、良い知らせです。
(キリストにあって望みのないケースはありません。神の手が届かない人は一人としていません。神の恵みを受けることができないほど悪い人はいません。)

Perhaps closer to home, it’s also good news with regards to cynical parents, unbelieving spouses, wayward children and mocking workmates. I suspect that every one of us here currently knows someone that we think would be, honestly, a pretty hopeless case when it comes to hearing and receiving the gospel.
それはまた、私たちの家庭の例でいうと、皮肉な態度をとる批判的な両親、不信心な配偶者、わがままな子供たち、そして仲間を嘲笑して笑い者にする同僚にとっても良い知らせです。正直なところ私たち誰もが、そのような「どうしようもない誰か」を知っていると思います。正直言って、そのような「どうしようもない人」が福音を聞いて受け入れるのはかなり絶望的です。

Never give up praying for them. In fact, let’s do that now. Let’s take some time to silently pray for those we know, who we have thought of as hopeless cases (or at least very tough cases), and lift them to God. Let’s pray.
しかし、彼らのために祈ることを決してあきらめないでください。実際に、今ここで時間をとって彼らのために祈りましょう。私たちが知っている人、私たちが「絶望的だと思われる人々」または非常に福音を受け取るには厳しい状況と思われる人のために祈りましょう。それらの人々を神のみ前に差し伸べましょう。では、お祈りしましょう。

  1. What God wants.
    神が願っていること

次に、「神が願っていること」についてお話をしたいと思います。

We spend a lot of our prayer time letting God know what we want. We call it ‘sharing the desires of our heart’, so it sounds better but what we’re really doing is letting God know what we want. But have you ever wondered what God wants?
私たちは、望んでいることを神様に知らせるために多くの祈りの時間を費やします。私たちはそれを「私たちの心の望みを分かち合う」と言います。聞こえはいいですが、私たちのしていることは実は、私たちが欲しいものを神様に知らせているだけです。しかし、あなたは、では神が何を望んでいるのか考えたことはありますか?

I love the line from a gospel song, which says,
“Do you ever wonder just what God requires?
Do you think He’s just an errand boy to satisfy your wondering desires?”
私は聖歌の中の次のような歌詞が大好きです。
「あなたは、神が求めているものを考えたことはありますか?
あなたは神が、あなたの望みを満たすためにいる、使い走りの少年のように思ってはいませんか? 」

1 Timothy 2:4 tells us in very plain words exactly what it is that God wants: God wants all people to be saved and to come to a knowledge of the truth. That’s it. When we get to the heart of ‘Your Kingdom come’, that’s it: God wants all people to be saved and to come to a knowledge of the truth.
(神はすべての人が救われて、真理を理解するに至ることを切に望んでおられます。 テモテへの手紙Ⅰ 2:4)
テモテへの手紙第一2章4節では、「神様が望んでいること」について、簡単な言葉で私たちに伝えています。神はすべての人が救われて、真理を理解するに至ることを切に望んでおられます。それだけです。 「あなたに御国が来る」という核心に触れています。神はすべての人が救われて、真理を理解するに至ることを切に望んでおられます。

This of course ties back to the ‘hopeless’ cases that we were just talking about. But it also speaks to the different socio-economic groups, language groups, ethnic groups, religious groups; to people of different genders, ages, personalities and education.
これはもちろん、私たちが今話していた「希望のない人々」の状況に関係してきます。しかし、それはまた、様々な社会経済的集団、言語集団、民族集団、宗教集団にも問いかけています。

God wants all people to be saved. That is the heart of God. He loves this corrupt, wayward, broken world so much that He gave His only Son Jesus to save it. That is the great desire of His heart.
さまざまな性別、年齢、人格、様々な教育を受けた、様々な人々にでも、神はすべての人々が救われることを望みます。それが神の心です。神は、この腐敗した、自分勝手な、壊れた世界をとても愛し、この世界を救うために唯一の息子イエスをお与えになりました。それが神の心にある大きな願いです。

The very next verse is key to this salvation. It says, For there is one God and one mediator between God and mankind, the man Christ Jesus, who gave himself as a ransom for all people.
1 Timothy 2:5,6a

これから言う次の節が、救いの鍵となることを言っています。それは、こう言っています。その真理とはこうです。神と人間とは、それぞれ別の岸に立っています。そして、人となられたキリスト・イエスがその間に立ち、ご自分のいのちを全人類のために差し出すことによって、両者の橋渡しをされたのです。これこそ、時が至って、神が私たちに示された教えにほかなりません。
テモテへの手紙Ⅰ 2:5,6

This verse is key for two reasons. Firstly, it tells us that Jesus is the mediator and saviour of all people. He is the means by which God’s great desire – that all people be saved – comes about.
この節が重要なのは、2つの理由があります。まず、イエスはすべての人々の仲介者であり、救い主であると私たちに伝えています。イエスは、すべての人々が救われると言う神の偉大な望みのための手段でした。

Secondly, it tells us that Jesus is the only mediator and saviour of all people. This is vital for Timothy to know as he went about planting and overseeing churches. It’s also vital for us to know as we go about growing our church and spreading the gospel.
第二に、イエスはすべての人々の唯一の仲介者であり、救い主であることが書かれていますが、このことは、テモテが教会の設立したり監督役を果たすために非常に重要な点になります。私たちにとっても大切なポイントになります。私たちが教会を成長させ、福音を伝えるためにも不可欠なポイントになります。
(イエスはすべての人の仲介者であり、救い主です。 イエスは唯一のすべての人の仲介者であり、救い主です。)

Being an international and an interdenominational church, we get people from all sorts of faith backgrounds coming in. That’s really wonderful. But sometimes, some people come in holding the belief that Jesus can’t be the only way to God, and that we must be more respectful of other beliefs and open-minded about other schools of thought in this matter.
私たちの教会は国際的で諸宗派共通の教会であるため、様々な信仰の背景を持つ人々が来ます。それは本当に素晴らしいことです。しかし、時々、イエス様が神への唯一の道ではないという信念を持っている人もいるでしょう。そのことを考えると、他の信念をもっと尊重し、他の思想についても柔軟に理解を見せなくてはならないと思います。

But the Bible is clear about Jesus being the only way to God. We read it plainly here in Paul’s letter to Timothy. We read it plainly in Acts 4:12 where Peter speaks to the crowd and explains how righteousness with God is achieved:
しかし、イエスが神への唯一の道であると聖書にはっきりと書かれています。私たちもパウロのテモテ宛の手紙の中でこのことをはっきり読んでいます。使徒行伝4章12節で、ペテロが群衆に語り神との義がどのように成されたかを説明しています。

Salvation is found in no one else, for there is no other name under heaven given to mankind by which we must be saved.
Acts 4:12

この方以外には、だれによっても救われません。天下に、人がその名を呼んで救われる名は、ほかにないのです。
使徒の働き 4:12

We hear it in the words of Jesus Himself, who said,
イエスが自ら言った言葉からもわかります。 イエスはトマスに言われました。

I am the way and the truth and the life. No one comes to the Father except through me.
John 14:6

いいですか。わたしが道です。そして真理でもあり、いのちでもあります。わたしを通らなければ、だれ一人、父のところへは行けません。
ヨハネの福音書 14:6

What does God want? He wants all people to be saved and He has made this possible by giving His Son Jesus as an atoning sacrifice for our sins and as the only means of receiving new life.
神は何を望んでいるでしょうか?神はすべての人々が救われることを望み、息子イエスを私たちの罪のための贖いの犠牲としてくれました。そして私たちが新しい人生を受け取る唯一の手段としてイエスを与えることによって、救いを可能にしてくれました。

  1. Be Content
    満足する
    最後に、「満足する」と言うことについてお話します。

Does anyone know who this is? [Image] His name is David Oyedepo. He is a Christian pastor in Nigeria. He is believed to be Africa’s wealthiest gospel preacher, and recently acquired a Gulfstream V jet for US$30 million, presumably for ministry purposes.
どなたか、これが誰だかわかりますか? [画像] 彼の名前はデイビッド オデペポです。ナイジェリアのキリスト教の牧師です。彼はアフリカで最も裕福なゴスペル説教者であると信じられており、最近はガルフストリームVジェット機を3,000万ドルで購入しました。

Kyoko, do you think that would be a good investment for our church? A better question might be, can you see Jesus – who walked amongst the people, who travelled by fishing boat, who made a victorious entrance into Jerusalem riding on a donkey – can you see this Jesus, our Jesus, buying and flying about on private jets?
それが私たちの教会だったら、良いお金の使い道だと思いますか?違う言い方をして聞きます。イエス、すなわち、漁船で旅し、ロバに乗って群衆の間を通り、エルサレムに入ったイエスが、私たちのイエス・キリストがプライベートジェットを買ったり乗ったりするでしょうか?

Don’t be fooled. That’s not blessing. That’s abuse. It’s disgraceful.
だまされてはいけません。それは祝福ではありません。それは乱用です。恥ずべきことです。

Paul wrote to Timothy about this:
パウロはこれについて、テモテに次のように書きました:

Godliness with contentment is great gain. For we brought nothing into the world, and we can take nothing out of it. But if we have food and clothing, we will be content with that. Those who want to get rich fall into temptation and a trap and into many foolish and harmful desires that plunge people into ruin and destruction. For the love of money is a root of all kinds of evil. Some people, eager for money, have wandered from the faith and pierced themselves with many griefs.
1 Timothy 6:6-10

ほんとうに富む者になりたいと思いますか。もし今、幸福で、心が満ち足りているなら、あなたはすでに富む者なのです。 私たちは、この世に生まれた時、何も身につけていませんでしたし、この世を去る時にも、何も持って行けません。ですから、食べる物と着る物があれば満足すべきです。しかし、金持ちになりたがる人はもうけ話に見境がなく、すぐ悪に走ってしまいます。その結果、ひどい目に会い、心を汚し、ついには地獄へ送り込まれることになります。金銭を愛することが、あらゆる悪の根です。ある人たちはお金を愛するあまり、信仰から迷い出て、ひどい苦痛をもって破滅に陥りました。
テモテへの手紙Ⅰ6:6-10

Let me finish with what real contentment looks like. Paul continues:
本当の満足感とはどのようなものかをみてみましょう。パウロは次のように続けて書いています。

But you, man of God, flee from all this, and pursue righteousness, godliness, faith, love, endurance and gentleness. This is how we find contentment, and receive God’s blessing. Fight the good fight of the faith. Take hold of the eternal life to which you were called when you made your good confession in the presence of many witnesses.
1 Timothy 6:11-12

テモテよ。あなたは神に仕える者です。ですから、これらすべての悪から逃れて、正しく良いことに熱心に励みなさい。神を信頼し、人を愛し、忍耐強く、ものやわらかな態度を身につけ、 信仰のために戦い続けなさい。ここに書いてあるようにすれば、充実感、満足感を得ることができ、神の祝福を得ることができます。神から与えられた永遠のいのちを、しっかり握っていなさい。あなたは、この永遠のいのちについて、多くの証人の前で堂々と告白したのです。
テモテへの手紙Ⅰ6:11-12

Paul says, “Take hold of eternal life”. That’s something that we do now. It’s not off in the distant future, somewhere in the clouds. Our eternal life is a present possession, beginning in this life, continuing into the next. It begins when we confess Christ and make Him the Lord of our lives.
パウロは「永遠のいのちを、しっかり握っていなさい」と言っています。それは今、私たちがしなければならないことです。それは先の未来でもなく、空の雲の上にあるわけでもなく、それは遠く離れてはいません。私たちの永遠の命は今、私たちが手にしているのです。この世でも次の世でも、私たちはずっと永遠の命を手に入れているのです。それは、私たちがキリストを告白し、神を私たちの人生の主(ぬし)とするなら、始めることができるのです。
(永遠の命は今、手にしているものです。)

If you are in Christ, you have eternal life. This is something you are to take hold of now. The Kingdom of God is within you now. Pray accordingly. Read the Scriptures accordingly. Share your faith accordingly. The full life that Jesus promised is within you now. Enjoy it.
あなたがキリストのうちにあるなら、あなたには永遠の命があります。これはあなたが今しっかり握るべきものです。神の御国は今、あなたのうちにあります。そのように祈りましょう。そのように聖書を読んでください。そのように、あなたの信仰を分かち合ってください。イエスが約束した満たされた人生は、今あなたの中にあります。楽しんでください。
(神の御国は今、あなたのうちにあるのです。)

Pray.